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2019

吉川和江の画業について――あるspeculativeな考察

 

                                                    峯村敏明(美術評論家)

 

 この作品集に収められた最も古い作品は、1985年作の記録を持つ。画家40歳。私はそのころの作品を見たことがないが、いま手許に198610月、ハンブルグの画廊で行なわれた吉川2度目の個展のカタログがあり、そこに収録されている十余点の図版によって、8485年当時の作風を知ることができる。

 

たいへん魅力的な絵画群である。ほとんどの作品は、基底部分に重く沈む群青の広がりを持ち、それは、激しい筆触や色斑に侵食されながらも作品に安堵すべき落ち着き場を与えている。画面はいつも騒乱含みだから、画面模様が落ち着いているわけではない。その騒乱をも引き込んでしまう青の深みが、絵画表現全体に落ち着きどころを得させているということである。

 

他方、すべての作品は上下、左右にはみ出した部分、重ねられた部分を持ち、それらの間で、異なる色彩や描法や画題同士が干渉し合い、接続し合い、離反し合い、ときに無視を演じている。こうしたエッジの利いた画面の並置や重ね合わせとか、異質な主題やモチーフをあえて不条理な断絶の中に置くという手法には、1980年前後から世界を席巻したいわゆる北米版「ニュー・ペインティング」、とりわけデイヴィッド・サーレの知的な画面構成を想起させるものがある。少なくとも、この特徴は吉川が80年代の時代の子であったことを告げていよう。

 

けれど、サーレや同世代のドイツの新表現主義者たちには、吉川におけるごとき深く沈むウルトラマリンへの信頼、というか愛情のようなものはなかった。上述したハンブルグの画廊個展でのカタログで掉尾を飾っていた壁一面の驚くべき大作(本作品集の≪Blau≫)を思い起こしてみよう。この巨大な群青の広がりにも、しだれる葉叢のような、ひたすらな運筆の跡のような黒の描画が沈殿していたし、画面左下には余りものめいた板などがインスタレーション風に寄せかけられていたけれど、青のしじまはどんな知的工夫も分離・解析の目論見も呑み込んでしまうごとくであった。だから、この作品や、ごく最近まで吉川作品の個展会場でファッションモデルやミッキーマウスなどの記号化した具象画と並んで、あと半分の壁面を領しつづけてきた緑系・青系の色彩本位の抽象画を見ると、吉川絵画の半身は、分裂・衝突する現実を前景化した80年代世代よりも、むしろマティス、イヴ・クライン、ミロたち、つまり色彩の空間的浸透に寄り添うことで感覚・感情の統合を図った近代主義者たちにつながっていたのではないかと考えたくなるのである。あるいは、吉川における特異な色彩の空間浸透は、日本古来の装飾的画法、とりわけ俵屋宗達のそれに深いところで接続していて、それが上掲した西欧近代・現代の先達との接触によって呼び覚まされたものなのかも知れない。そう思いたくなるほど、吉川が手放そうとしない色彩本位の抽象様式は、西欧絵画の語法以上に根が深く、しつこいものに感じられるのである。

とはいえ、吉川絵画の最大の問題が分裂であることは否定すべくもない。分裂は生得というよりも画家の知性が招き入れた異質の要素によるものと思われる。ただし、80年代の分裂は絵画形式自体に内在するいろんな要素を分化することで顕在化したものであり、その解法も絵画言語に沿って得られていた。すなわち、再現的主題も描法も絵具物質も支持体でさえも、絵画的言語の歯で噛みくだかれて例の群青の浸透する空間に包まれ、一体化することができた。

 

ところが、90年代以降、画家はこの幸福な解法を一部放棄し、なじみの抽象絵画の語法ではこなし切れない主題をあえて抱え込むようになった。絵画と時代ないし社会との対応を必要と考える画家の知性が命じたのであろう。90年代末にユダヤ・キリスト教伝説を図解した36枚のシリーズ作品≪Dolly≫――最後が無生殖コピー動物第1号の羊の絵で締めくくられている――は特殊な主題だから一回だけの試みで終わったが、2000年代末から始まった記号化した単一人物像(たとえばファッションモデル)の数列的敷き並べという手法は、現在も執拗に続けられている。執拗ではあるが、この主題は、画家の好みや感情というより風刺的知性によって取り上げられたものなので、作品は矛盾や分裂を癒す方向には向かわず、シニシズム寸前の見本提示にあえてとどまっている。

 

このゲルハルト・リヒター張りのシニカルな事実提示にはまったく救いがないように思われる。というのも、なぜか画家は、印刷物から拾ったファッションモデルの顔や姿態の絵を何十枚も冷ややかに羅列するとき、それら社会的社交的表徴の群れとは別の壁面に、まるで別人の作品であるかのように、彼女生得の深い情調を湛えた青系・緑系の絵具の渦すなわち抽象画を展示するという方針を頑固に貫いているからである。まるで、抽象と具象、絵画言語と現実の様相等の間の矛盾・分裂はもはや癒すすべがなく、同一画面内で統一・調和を図る試みは所詮時代遅れで空しいと達観してしまったかのごとくなのだ。

 

だが、画家には、もしかしたら、現代の「受容の美学」を拡大援用した先に、期するところがあるのかも知れない。すなわち、制作者が提起するこれほどの大きな分裂でさえも、その分裂の源にある時代と社会自体の分裂を生きている私たち観者の受容器が十分に複眼的・超越的に機能するならば、分裂は新しい時代の現実そのものの表現として価値的に享受されることが可能なはずだと。

 

むろん、こんな考察は批評的というより投機的(speculative)だと非難されるだろう。けれど、一人の画家が、制作の内側に和解不能な分裂をかかえるという絵画にとって重大極まる危険を冒してまで時代と文明そのものの分裂をさらけ出そうと決意しているのだとしたら、批評は、その決意に同調しないとしても、せめて同等の危険――空理空論に陥るかも知れない思考の投機――を冒してでも、そんな芸術のあり方が可能かどうか、問うてみる値打ちはあるのではなかろうか。                      20191124日)

 

 

 

2019

吉川和江の作品-水藻と風俗画の交錯と多様性(ダイヴァーシティー)について

 

清水哲朗(美術批評、東京造形大学教授)

 

 

新幹線の駅を降り、おおよその見当で目的地に向かって歩いて行くと、すぐに公園のような木立のある一角に差し掛かった。左手にはやや広く水を湛えた川の流れがあり、水藻が臨まれるように感じられた。目的地であるギャラリー目指して、その公園から続く小川というか水路を辿って行く。前日までの天候にもよるのだろうと思ったが、水流はかなり豊かであり、流れに身を委ねて揺らぐ柳藻によってその水路は満たされているように感じられた。左に折れればと曲がると、右手にはうっそうと茂った高木の連なりが見えてきた(後でそこが三島大社であることを聞き参拝した)。間も無く、左手がギャラリーであることに気づいた。

 

 みなもに接するように、豊かな流れに身を委ね、けれどもしっかりと自己を主張している。そのしなやかな藻の姿のように、吉川和江の作品上で、形は自在に展開されていた。ラッカーを使用している。ラッカーは通常は工芸品や木製品の表面に用いられる。そして、それらの表面に光沢を与えるものだ。絵画にはあまり用いられない材料だ。だが、吉川はそれを使う。そのことによって絵画表面には、油絵の具のマチエールやアクリル絵具に特有な表面の感じとは異なる、独特な、物質的な表現性が生成されていた。

 

 ウルトラマリンを主調とした、画面上での青の変奏が美しい。その上に大胆に黒を用いている。そこに吉川絵画の特性がうかがわれる。同時に水気を含んだ、水藻を思わせるグリーンの配色、そしてワインレッドのような、茶系と言うよりはむしろ赤系の色彩が介入してくる。色相の対比を得て、ブルーやグリーンは鮮やかに発色してくる。それぞれの色彩は、各作品上で、さまざまな重なり合いを見せる。それによって、かなり明るい印象、深く沈んだ色調、と画面は多彩な様相を見せるようになる。黒という色は、色彩の相互の関わりをこわしてしまい、画面上の決定的な要素とみなされ避けられがちだ。けれども吉川の場合、その黒が逆に画面に色材の自由さをもたらしている。ブルー・ブラック・グリーン、ブルー・薄いワインレッド・ブラック・再びワインレッド、ブルーとブラックのみ、その時にブラックの、抑制されていても、その中に強い意志を感じさせる、思索的な色彩の有り様がむしろ表出されてくるのだ。吉川の青と黒は、富士山の湧水に揺蕩う水藻に負けず、どこまでも透明なものであろうとし、美しく、見るものを浄化する作用を持つもののようであった。

 

 一方で、ギャラリーのもう一角に、吉川作品独特の「風俗画」が配列され、展示されている。吉川和江の作品世界はこの「風俗画」の並列に特徴を持っている。極めてフォーマル(材料の種類、物質性、画面上で発現される色材の発色、質感の導入など、といった形式的)な絵画群と、道行く人を、訪れた街々でよく観察しつつ、それらの断面をファッション雑誌の一ページから描き起こした作品群。この二つの合い異なる要素の並列と同居。しかし筆者は、吉川の並列・同居に吉川の表現者としての叫びにも近い、振り上げられた拳を感じる。フォーマルとノーマル(アブノーマル、社会、日常、不合理)。この二つの矛盾の中でこそ、吉川和江という一個の表現者は、息づこうとしているのではないだろうか。現に二つの作品群は、互いに果敢に刺激を繰り返し、互いが互いを成しているように見えてくる。むしろ矛盾にもとづいて、それによってこそ、この社会と世界を照らし出そうとする。その多様性(ダイヴァーシティー)とそれへの欲望と強い意志が、吉川作品の原動力となっているのに違いない。

 

 「創世記とクローン羊」、「TSUNAMI」、「古代ギリシャ世界」……1980年代からの長い画歴のなかで、絵画の制作に際して発言を繰り返している。日本にとどまらず、複数の国を往還することの成せる技だろう。固定しない、二世界、否、多世界を往還し、出会いと違い(差異)を繰り返す。そこに生じる摩擦作用のプロセスそのものが、吉川の中から、言わずには済ますことのできない声を上げさせ、言説を形成している。しかしそのことは、単に社会的、外的な発言力にとどまるものではなく、それ以上に、作家自身の内的な表現の核へと強烈に発信されるものでもあるのだろう。この言葉の発信によって吉川の作品は根底で支えられているものである。

 

 こうした、他へと広く開かれ、関わり合いを持ち、養われ、豊かなものとされてゆく多様性の中で、私たちは、表現することという、人間にとって最も根源的な行ない=Einbildungskraft(構想力=想像力:Ein=一つに、Bild=描かれたもの、絵、像、Kraft=力、能力)を享受することができるのだろう。筆者は常日頃この哲学的な用語を、「生きているということは、誰しもが、その瞬間瞬間で一枚の絵を描いている」ことと理解し、生きることとの指針としたいと思っている。

 

 吉川和江の描き出す絵画群は、このEinbildungskraftに深く関わるものではないだろうか。三島の流れに育まれた、柔らかでいて強靭な水藻のように、清新で色鮮やかな絵画は、西と東、個と自然、芸術と社会……、矛盾の中で深められる思索と言説と発言によって可能となる。そのどこまでも透明であろうとする画面上の色彩は、言葉と絵画、その交錯と多様性のプロセスの中でこそ、その色合いを深めるのである。そこに吉川和江作品の美しさと力強さ、その可能性を思う。

 

 

 

 

 

2017 コンセプト                                             吉川和江

現代社会は毎日毎日毎日が多様な価値観の中で、さまざまなものが高速に変化し、単一の価値観で捉えるることが困難な時代である。

  そんな時代の中では、作家としての自分の個性のなかで自分自身を追求するという世界に留まることはかたてまだと思っている。我々の置かれている現在の環境を見据えながら、自分の表現の在り方を探っていくのが、現代の作家の責任のように思われる。

 今の時代はIT産業が進み、人工頭脳AIが学習能力を持ち、我々人間を助けてくれるようであるが、将来のAIは、ある面で人間をも越してしまうらしい。現在でもあらゆる面でコンピュータ技術に依存し、私自身もドイツで生活しながら電子情報によって、日本と変わりのない生活を送っている。

  私の住むハンブルグは大都市にもかかわらず緑の多いところである。ここへ来てから早くも40年の歳月が流れた。けれども、ドイツのこの環境の中での自分の発見は、ドイツ(西洋)とは異なる文化の発見でもあった。

  ドイツに来てから、自分とは何かを問われることが多く、私自身の顔や姿のみでなく、その国が長いこと作り出した文化—−自分もその感性を背負っていることを再確認する機会でもあった。日本の伝統的な装飾性—衣装性の素晴らしさに引きずられながら、それとは異質の化学塗料であるラッカーで多くの抽象画を描いてきた。

  1995年頃から、その延長上で具象画も描き始めた。具象とは、形体のもつ言語性によって、現在のさまざまな姿を絵画上の表現として応用できるからである。それは一元的でなく、多様な世界を表現することでもあった。

  同時に、日常生活の中での私自身の根底にある装飾性―表層の発見は、どこにでもあるファション雑誌だった。いいかえれば、我々の生活は、ファッションも含めたバーチャルな世界の中で多くの時間を過ごしているともいえる。つまり、現在の逆説的なリアリズムとも云える。

  一方で、本来の自然から無縁では生きていけない我々人間にとっての風景、たとえば森の深さ。そういう自然とバーチャルな文明社会、この相反する二つの側面を絵画化することで、現代世界のひとつの典型像を表現できればと思っている。敢えて言えば、これから加速的に発展する人工頭脳の進歩の結果、人間並みのAIが実現しようと、我々人間一人ひとりが持ちつづける本来の想像力=あらゆるものを生み出してきた想像能力という楽しみを我々はけっして捨てないだろう。

  芸術活動家——ドイツの作家ヨーゼフ・ボイスが言ったように「すべての人は芸術家である」

  そのことは世界の多くの人々は、自らの精神の豊かさを失うことなく、未来のAIとの共存時代を自ら構築し、その現実のリアルな世界を責任を持って受け止め、その道筋を表現していくことが現代作家の責任であると思う。

  *注釈 二つの側面抽象画(自然体としての感性のみの作品)具象画(写真を媒介にした作品)

 

2013 コンセプト                                              吉川和江

 

 [・・・古代ギリシア人は、木の葉や泉や風のざわめき、ようするに「自然」のふるえに、熱心にたえまなく問いかけ、そこにある種の知性の姿を見い出だそうとしたという。そして私はといえば、言語活動のざわめきに耳を傾け、意味のふるえに問いかけるのだ———現代の人間である私にとっては、「自然」とは言語活動にほかならないのである]

 このR.バルトの言葉から援用するとすれば、彼にとっての「自然」である言語活動は、私にとっては表現活動であり、いいかえれば現代の絵画が取り扱うべき素材である。

現代の絵画上の「素材」である。そして、私にとっての「素材」というのは、この文明社会が産み落とす無数の情報文化の一断層である。

 もちろん私は、古代ギリシア人(あるいは昔の日本人)と同様、木の葉や風のざわめきのような本来の自然そのものにも強く共鳴する。けれどもその一方で、現代の技術文明が生産しつづける数々の擬似的自然にも耳を傾け、問いかけることも必要であると思われる。

 誤解を恐れずに言えば、そういう擬似的自然や、日夜生産されつづける情報文化を「逆説の自然」と呼ぼう。とすれば、ファッションの情報世界とはそういうもののひとつの象徴といえるのではないか。

 ところで、ファッションモデルには顔がある。むろんその顔は、本来の自然としての人間の顔ではあるけれど、情報という文明の技術を通して商品化されると、それは擬似的自然としての「顔」となる。いいかえればそれは、顔という身体におけるもっとも象徴的な演劇の場が、「逆説の自然」としての表象性をあらわに見せてくるもののように思える。

 かつて私がハンブルクの美術大学で、ゼロからの出発のつもりで創作活動を始めたころ、油絵の具の代わりにラッカー(ペンキ)を使って描き、今でもそのラッカー塗料を並行的に使用している。ラッカーという人工的な塗料を用いることによって、現代文明における「絵画と自然」との関係を問い直す意味を込めていたのも確かである。そして、絵の具という物質的な素材の他に、描く対象としての素材(世界)にも、現代が産み落とした「人口甘味料———ファッション世界」を採り上げ、そこから自分の絵画を問いかけてゆくのは、一種の必然であったように思う。そういう人口の擬似的自然のことを、この物質文明が流しつづける「人間疎外の商品」として切り捨てるのは簡単である。

 けれども絵画においては、そういう一元的な論理は横に置き、この現実の無視しえようもない「逆説の自然」にも眼を向け、そこから現代への問いかけを行うことも、絵画のひとつの在り方だろうと思う。 

 

2012 コンセプト                                                吉川和江  

 

アップルとサムスンの訴訟合戦がニュースを賑わし、アップルの新製品の発売 前夜に多くの人々が並ぶというような情景も、日本だけでなくドイツでも見られ るようになった。そして世界では、商品の新しさへの開発競争がますます異常さ を増している。

 商品とは、利便性とともに網膜・鼓膜への快さ・新しさを生産し消費させ続け るというシステムであってみれば、感覚という、異なる個人の中で差異化される はずの感性でさえも、市場原理と消費の論理の中で制度化されてゆくという現在 がある。それは『無意識とは、他者の言述である』という、ファッションについ て書き記したJ . ラカンの言葉に象徴されている。ファッションとは、人の感性を 支配する情報商品の典型でもあるのだ。したがって、そのきわどい姿を切り取る のも、絵画における現実へのひとつの関わりではないだろうか。  

そして、物としての商品だけでなく、私たちの生活空間を覆う情報も、次々と 新しいものに取って代わられ、まるで「新しさ」の大量生産と大量消費の脅迫観 念に冒されているようだ。それは、途切れのない情報が私たちの時間の中を流れ ていくというのではなくて、無数の情報の洪水の中に、私たちの時間が呑み込ま れ消されていくように思われる。

 そのような情報の消費と時間の消費の中で、ますます麻痺し健忘症に陥ってゆ く現代の社会が広がっている。あの3.11さえもこの消費の論理の中に呑み込 まれ、風化されてゆくのかもしれない。  

 そこで今、改めて「3.11」という数字に眼を留めてみる。それは8.15 や9.11、または99%という数と同じように、そこには、明瞭で象徴化され た意味が刷り込まれている。本来、数字とは特定の意味をもたない普通名詞と同 じはずだけれど、それが場合によっては、特殊な意味をもつ固有名詞のように使 われることになる。それとは逆に、福島という地名は、FUKUSHIMA と記すこと によって、固有名詞から世界共通の普通名詞に転換される。  このような言語記号の特殊な変化、つまり数字の固有名詞化や地名の普通名詞 化というのは、ある事象における「記憶の象徴化・普遍化」ということなのでは ないか。このような言語の機能を考えるとき、ミラン・クンデラの次のような言 葉は、ひとつの重みをもって私たちに響いてくる。  『記憶するということは、権力に対する弱い人間の武器である』

 一方、絵画(美術)というのは、あらゆる事物や記号に与えられた「意味=制 度」の足かせから、それらを解き放す試みのことでもある。そして、絵画におけ る図像とは、事物であろうと記号であろうと、意味性から逃れた色や形の回復で あり遊びでもある。  そこで逆説的ではあるけれども、たとえば「3.11」や「 FUKUSHIMA 」とい う、もっとも「意味の固定」された記号(言語)を絵画に取り込むことによって、 絵画自体にひとつの横槍を入れることが可能なのではないか。

 いいかえれば、絵画表現における具象性(記号性)とは、つねに濃密な意味性 と隣り合わせである以上、その意味性を逆手に採りながら意味と無意味の間を往 還し、そこから、意味の足かせを相対化すること。それは『意味が悦楽の消尽点 となり』、絵画の『ざわめきが、意味の免除を告げる意味となる』(ロラン・バ ルト)ことでもあろう。

 

2011 吉川和江 コンセプト                                        作家 宮田昌作

 

 3月11日の出来事は、天災という以上の人災という意味において、私たち すべての人間に、みずからの文明とそこでの生き方自体を根底から問い直させ る衝撃であった。そしてそれは、一人ひとりの市民としての態度と生活行動を も左右させる深刻な課題でもある。しかし、それに対して美術がどう応えるか、 という問題となると、美術という感性と認識の抽象性において、ことは単純に 云々できる問題ではないようだ。そして、世界のさまざまな事象に向けて、い つも犬の遠吠えのような批判を口にしていても、それへの直接的な関わりとな ると、美術はかなり複雑な問題を抱え込んでしまうように思われる。  美術作品とは、具体的な内容やメッセージを含むものではないし、論理や言 葉にそのまま置き換えられるものではない以上、美術が現実社会に直接的に関 わることには無理がある。  武満徹は、音楽について次のように記している。「今日の社会では、音は無 力であり、たぶん何ものをも変えはしないであろう。そのようなことを時に私 は恥ずかしくも思い、ともすればいらだちと、うしろめたい気分に挫けそうに る・・・・・・音楽的体験はつねに個人的なものであり、音楽は生の『開始』 のシグナルとして私たちを変える。そして、それらの無数の個別の関係が質的 に変化しつづけ、ついに見分けがたく一致する地点に社会があるのではないか。 社会は、自己と他とが相互に変化しつづける運動の状態として認識されるべき であると思う」  この文章の「音楽」を「美術」に置き換え、「生の開始」を「認識の開始」 に置き換えるならば、「美術と個人と社会」の関係が、うっすらと見えてくる。  

絵画の世界において、人の顔というものほど饒舌な風景はない。そして人は、 顔という物語に魅せられる。けれども本来、美術における顔の風景とは、顔と いう「物語性」であっても、顔の物語そのものではない。いいかえれば、それ は、いかにも何かを物語っているようで、じつは何も物語ってはいない「物語 性」に過ぎないのだ。  カンバスに描かれた顔の多くは、雑誌から切り取ったファッションモデルの 顔たちである。そして、それらの顔がファッションモデルであるがゆえに、人 の現実から滲み出る奥行きや深さがない。つまり、内面性=物語を消した、空 っぽの顔の表層のみである。  ところが、カンバスに並べられた顔たちは、相当リアルに描かれている。そ れはいいかえれば、徹底的な表層への写実である。その表層描写のリアリティ が、内面性=物語を欠いた「空っぽの顔」として示されると、そこではかえっ て、「実在性への奇妙な問いかけ」として、見る者に受け渡される。あるいは、 見る者を欺くようなリアルな表層描写によって並べられると、「絵画の表現性」 そのものが問われるような逆説となる。しかも、カンバスの地をそのまま余白 として残すことによって、表現の写実性が、じつは絵画の虚構のリアリティで あることを強調する仕掛けとなってくる。

 並べられた作品が、モデルの顔の他に、さまざまな対象とさまざまな形体で 描かれ、しかもかなり通俗的なモティーフを通して、一見無造作な羅列として 並べられている。これは、この作家の長年の特徴であるが、そこには二つの問 いかけが仕組まれているといえよう。  一つは、今では多くの作家たちが手がけている通俗性、あるいはキッチュへ の接近である。そのことによって、美術と現実世界との関係の問い直しが可能 となり、同時に、両者の重なりと境界があらわにもなるのだ。美術は現実とは 異なる次元だといっても、現実から離れられるものでもなく、しかも現実の重 さを無化しながら、そこに現実の虚構性を暴きだすという、奇妙な矛盾の提示 を可能とする。

 いま一つは、作品の羅列性である。さまざまに異なるモティーフが、異なる 表現で描かれ、それらが壁一面に並べられた作品は、ある意味では、その時々 に描かれた日記の並列のようでもある。それらの絵は、意味的にも表現的にも 互いの相関関係をはっきりと持たない。  つまり世界とは、明瞭な因果でつなげた統一性などというものは有せず、無 数の異なる事象の併発と前後に錯綜する時間との混交によって成り立つ、多義 性の総体といえるのだが、この作品の羅列性は、そのような世界の姿を暗示さ せる一つの方法ともいえるだろう。  

 現実世界とは無数の事象の荒野であり、だからこそ人は、そこから抽出した 事象に意味付けを行うことから社会を形成させようとする。したがって、社会 には、「世界の意味形成への一元化」を求める習性が備わってくる。そして、 それが、政治や経済の言葉となり論理となって世界を覆う。  とすれば美術とは、そういう社会化され、制度化された意味から、人の眼を ずらし、解き放す一つの試みでもあろう。「意味から無意味へ」と「無意味か ら意味」への相互振幅、つまり両者の相補性の上においてのみ美術が機能し、 文化の風景が成り立たつのだ。  そのような点で、吉川和江の作品は、美術と現実とのきわどい相関関係を逆 説的に示すものといえよう。                                               

                                                         

2010                                                                                                                                 吉川和江 

  ファッションモデルとは、現代の私達にとっての「空っぽの美学」である。 モデルも人間である限り、自然の生命を宿した肉体そのものであるけれど、 その肉体性をぎりぎりまで人工的な形体に押し込め、そこから生命感や内面 性を削ぎ取って、限りなく軽く無意味にしてゆく「空っぽの美」の表象とも いえる。自然の事物や社会の現実は、観念ではない。それらは実体であり、 意味や重さに充ちている。ところがファッションモデルの姿とは、意味を消 された観念であり、実体のない表象記号でもある。その記号が経済と結びつ いて別の力を拡げているのだが、同時に、麻酔のような浸透性をもって、私 たちの生活感覚にまで覆っている。そして、ファッション以外にも、そうい う実体のない記号化された世界が無数に生産され、休みなく私たちの生活そ のもののなかに入り込んで、奇妙なリアリズムを拡げている。  同時に身の回りの状況を振り返れば、雇用不安定化・貧富の拡大・年金問 題・資源環境問題などなど無数の問題に加えて、今の政治の混迷など、重く て直接的な意味を引きずった事象が際限なく広がっている。  その一方で私は、ファッション雑誌のモデルという無意味に近い世界を描 き続け、自分の生活現実と自分の絵画との間にどのようなつながりと文脈が 見いだせるのか、自分でも分からないでいる。そして、それらの異なる事象 が、私自身のなかでさまざまな欲求や感覚などと重なり、複雑な矛盾として うごめいている。いいかえれば、現実の生活と制作活動とが互いに矛盾しな がら奇妙に絡まり、私の内部でさらに複雑な感情を拡げてゆく。 エドワードW. サイードは、「幻滅と喜びとを、その両者の間の矛盾を解決 することなく提示できる」こと、そしてこの「両者を、反対の方向へ引き裂 さかれているふたつの等しい力として、緊張関係のなかにつなぎとめていく」 ことが「晩年のスタイルの特権」だと記している。  自分の内部で膨らむ矛盾を宙吊りにしたまま、今なお、私は描き続けるし かないのだろう。                   

 

2007                                                         吉川和江

 バグダット市内数カ所で自爆テロにより34名死亡・タイの飛行機事故で89名死亡・アメリカの金利が下がり石油及び株価指数高騰・京都の父親殺しの女子高生、前夜は徹夜・谷亮子7度目の金メダル・地方自民公共事業を・中村うさぎセックス放浪記

 テレビ、新聞、インターネットから無数の情報が溢れ出てくる。あらゆる分野のあらゆる細部が眼と耳を埋め尽くす。けれども私の躯は、それらの情報の渦を眼の底、耳の底まで溶かし入れることもなく、いつのまにか流し去ってゆく。それにもかかわらず私の眼と耳は、情報のかけら、あるいは無数につくりだされる物語のかけらを適当に欲し、求め、だからといって躯の奥底まで飲み込むこともなく、ちょっと味見をしては捨て去ってゆく。情報の消費、たぶんそういうことなのだろう。

 情報の消費と生産。どちらにしても無数の消費の上滑りを繰り返しながら、私の日常は流れてゆく。その消費量に対して、私の情報の生産量などは比較すべもないことは当然だけれど、アートとは情報の生産性と異なる点において、当然といえば当然である。

 情報の生産と消費。そういう側面から考えてみると、アートとはどのような意味をなすものなのか。

 眼の底にも耳の底にも溶かし入れることなどない「消費」に対して、躯の五感で受け止める全身行為を、とりあえず「消化」と呼んでみる。私をとりまくこの世界の意味性(情報)のいくつかを、消化不良であろうが消化可能であろうが、とにかくそれを全身で飲み込む作業を行ってみなければならない。耳の底、眼の底に入れて、一度、立ち止まる必要がある。

 アートを創ることも見ることも、眼と耳のうわべを流れつづける消費の生から、全身で飲み込む消化行為への移行をうながす生への転換なのではないか。それは、自己と世界の共感と矛盾、快感と苦痛などなどの、日常の裂け目を呼び覚ます。

 たとえば、モードという服装の身体に直結した美的感覚が情報化されて、すっかり身体から離れてしまい、眼の外側だけで生産・消費されてゆく今日の姿。

 

 

2006                                                                                                          吉川和江

 日頃から犬を見るたびに、私は奇妙な感覚にとらわれることがある。これほど大きさや姿形の異なるものが多い動物にもかかわらず、「犬」というひとつの種属で呼ばれているからだ。他の動物、たとえば猫や馬や牛にしても犬ほど多様な姿はしていない。シェパードとブルドッグとプードルは、その外見からして、どうしても同じ種類の動物には見えないのだ。

 犬とは、その姿形はむろんのこと、性格においても人間によって徹底的に手を加えられ、飼いならされてきた生き物なのだろう。日本でもそうだが、特に欧米においては、まるで家族のように人間と同じ部屋に暮らし、人間と同じ食べ物、あるいは人の作ったドッグフードを食べ、飼い主がいないと寂しがり、いまではそういう生き方しかできなくなってしまっている。しかしそれでも、包み隠した牙の裏の野生性(自然)を宿しているはずだ。そしてそのことによって、自然と人工との、どこか相容れないような混在を引きずりつづけているのだ。

 今回の作品のなかで私は、そのような犬と同時にいくつかの人の顔や姿も描いてきた。グラビア雑誌に出てくるような美男、美女の顔や姿は、均整がとれたうえに化粧が施され、ときにはソフィスティケートされて、生の身体がもつ自然は消されている。当然ながら人間自身も人工化され、そのつくられた表情と身体的自然とは、どこかで調和をためらっている。

 近代とは人間が自然を飼いならし征服する過程であったとすれば、犬の姿とは、その結果としての親しみに充ちた表象であるといえよう。限りなく浸食する人為性の象徴としての、少しおかしくて、しかも従順で可愛いその姿こそが、「犬」なのだ。

 一方、長年描きつづけてきた色による非具象の表現は、上記のような問題意識とはまた別の次元から湧出してくるもののようだ。それはむしろ、自分の身体、あるいは身体的自然から引きおこされるひとつの表現行為なのだろう。

 

 

 

 2001 有機的統一性                                                                                                                                                  Prof.Dr.Hans-Joachim Manske

「ここ数年、私はとりわけ幾何学形と有機形の異なった表現の地平における緊張性に関わってきました」と吉川和江が言う。話は複雑に聞こえるが、その単純な起源は日本の美の伝統によっている。彼女はこれに対し、自分に影響を与えた新しいヨーロッパ絵画と向き合うことになった。

 吉川和江はどの絵画のエッセンスも持っている対立的なもの(この点は今日まで彼女の故郷の芸術もヨーロッパの絵画的な構造も同様だが)に挑む。線と色、地と柄、小型と大型の地平形成が絶えず交互に優先性を変える。最大のリスクをもって同形性の危険をもつ装飾性が呼び覚まされ、同時に不完全性に完全性が求められる。見かけでは連関を持たない画像と線描とが明示されて一緒になり新しいものを作る。

 著名なアメリカの建築家、フランク・ロイド・ライトは異なる表現可能性のモンタージュに一つの「有機的統一性」を見た。これは彼にとっては美しさへの対立物として提示されたもので、彼の見方ではただ日本の芸術にのみ実現されたものである。彼の最も有名な建築物、ニューヨークの螺旋形によるグッゲンハイム美術館は柔軟な精神、ファンタジーに満ちた生活の現実的な表現に力を尽くした想像力と、基本的な形象にもはや限定することのできない幾何学的なものとのジンテーゼに負っている。

 吉川和江は、幾何学形と有機形の緊張の弧を形成する時、似たような目標を追求している。動機の選択、図的なものと絵画的なものの要素の複雑な結合においては、もう一人のアメリカの建築家、脱構造主義者、フランク・オーゲリーに非常に近い。彼は彼女と同様に九十年代に装飾的なものと取り組み、ビルバオのグッゲンハイム美術館の支館を一つの巨大な咲き開く花に造形した。

 吉川和江は彼女の芸術的基礎を七十年代に発展させた。それは世界的で、構造的な、現実化よりも過激的というものに近い若い芸術家の潮流が取り組んだものである。彼らの中で、大戦後に起こった「抽象の世界帝国」と象形的なものとの間の鋭いコンフリクトとして止揚された。興味はもはや、フロイト的無意識や、フランスの非具象主義やアメリカの抽象表現主義に優力的にみられる地球規模の形象言語ではなかった。描写の現実的特徴への問いや、ポップアートが持ち上げるモダンなメディアでの画像と模写の差異は、その挑発的、革新的性格を失った。フランスの哲学者ジャン・フランソワ・ロタールのように、考えにあるのだが見えないもの、または見えることができないことを見えるようにするという要求は七十年代には有効であった。

 新しい視点は先ず多くの意外な結果の中の一つを示した。八十年代のヨーロッパとアメリカの新表現主義の絵画のルネッサンスである。構造的な基礎を持つ自省と激しい「筆の一撃」との緊張によって吉川和江の画像言語が強固になる。そこでは意味の多様性を持つ抽象的かつ具象的絵画の東アジアの一つの伝統が、日本的起源と新たなヨーロッパ的環境を持つ芸術家の理想的な橋渡しをしている。

 この土台の上で、吉川和江は自律的身の置き方と装飾的システムの間の、また「高尚」と「応用」との間の非常に卓越したオリジナルの境界を行くことに成功している。彼女の絵画はアクチュアルなものである。なぜなら、彼女は芸術に対する問いを感覚的な事件として最高の要求もって提示するからであり、同時にモダンな芸術の装飾を一つの冒涜として現れさせ、鑑賞者の慣らされた期待の持ち方に不安を与えるからである。(アドルフ・ロース「犯罪としての装飾」)

 目立って伝統的とらえ方を示す最近の絵画には、輝きのあるラッカーで塗られた、金地と共に花々の力強い赤と黒いシルエットの大判の画像がある。日本の芸術への造詣はなくとも、狩野派を頂点とする金箔、墨、紙の上の色彩により描かれた十六、七世紀の屛風への近さを思いつく。

 しかし、吉川和江の「装飾」を古い模範の単なる一つの描き換えと見るならば、誤解したことになるだろう。別なラディカルな把握は表現主義的な筆の運び方ばかりでなく、構造的な色と形の扱い方からきている。特に日本的な印象を与える絵画は先ず金と黒と赤の構成である。彼女は直感的であり、また構築的である。彼女の傾向は、同じ時、ベルリンの改築した国会議事堂の入り口に、三つの縦長方形を互いに置いた単色面から「黒赤金」の構成体を作った同時代のゲルハルト・リヒターに対応する。リヒターの三連画は、吉川和江と同様、とりわけ「頭」で作った絵画であり、つまり、常に絵画の可能性の反映でもある。それは伝統に近づこうとする試みであり(リヒターの場合は二十世紀の構築的幾何学的遺産だが)、両芸術家の模範たる者は絵画に対する粘り強さの証言に呼ばれた者である。彼らはよく言われる「完成画」を作る者ではなく、絵画のまだ描き尽きてない可能性からの絵画を作る者である。エルンスト・ブロッホなら「出現前」という概念を選んだだろう。つまり、リヒターと吉川和江の芸術的意図は現実となってない瞬間の認識である。                                                                                                                               ハンス・ヨアヒム・マンスケ

 

 

2000 Dolly                                                                                                                                                                                    吉川和江    

 物語が肉体を持った様式であった時代が終わって、すでに久しい。かつて人間は人間自身を自己統一するために神という物語をつくりだした。西欧はこの2000年の間、文化という肉体を維持するためにキリストという物語の影をそのすみずみにまで宿してきた。

 「神は大衆をつき動かす」と、ドイツのディスクジョッキーのロックシンガーは歌う。その神の物語がかつてのキリスト教であり、現代文明では先端技術の神話にとって代わられても、人はつねに物語としての神を求めているのかもしれない。その象徴が、男と女の受精ではなく神による遺伝子組み替えとしてのキリストであり、いまでは人間自体によって組み替えられたクローン羊のDOLLYであろう。

 美術が美術自身の物語性から自立してすでに久しいが、それは作品の表現様式自体を肉体として自覚化することでもあった。言いかえれば描くという個々の身体的行為の集積が、生きた統一性を伴って自立しうる場所でもあった。ところが現代の情報社会では無数の情報が飛び交っているものの、それらが私たちのなかで互いに結びつながれ、有機的に統一されることはほとんどない。そのように断片化され総合性を失った現代の情報的日常が、有機的様式性を失った現代の絵画と重なる姿を検証するとき、私はもう一度、物語のひとつの原点でもあるあの西欧の神話を手元にたぐり寄せて、そこから現代の風景を重ねなおしてみたい。

 現代の私が宗教という物語にその歴史的文脈から離れてコミットメントするとき、私の応用した漫画的で類型的な表現はその即物的な仲立ちとして、ひとつの有効な方法だろうと思う。なぜなら現代の文化のなかで、いまだに物語の息づきを宿しているのが漫画であり、それはすでに絵画が捨て去ったものであるだけに、逆説的な視点として、もう一度、絵画のありようを照射できるように思われるからである。現代における、肉片を寄せ集めるような絵画、あるいは寄せ集まってもみずから肉体化され得ない絵画の姿を。

 

 

 

1996                                                                                                                                                                                 美術評論家    松井 みどり

 平面作品における独創の困難さは、モダニズムの理論によって美術作品の造形的な自立性が芸術的な規範とされたことにはじまった。戦後の現代美術では、それらの概念を継承、発展させることが芸術として認知される条件だったともいえる。アメリカの60年代末コンセプチュアルアートにおける写真やパフォーマンスの多用や、ゲイやフェミニストによる漫画的描線や手芸的要素の活用も、それまでの美術の「外側」にあると見なされていたものの援用によって表現の領域を広め、「造形性」のフェティシズムから芸術表現を解放する試みだった。70年代のドイツで同様の試みをつづけた吉川和江の現在の作品は、制度化された美術表現の脱構築を、平面という長らく特権化されてきた領域で行っていると考えてよいだろう。彼女の、「工芸」として周縁化されてきた刺繍のモティーフや縫い目のアプロプリエイションには、小さな人形を用いた初期のローリィ・シモンズのような柔軟なフェミニズムがうかがえる。刺繍の意匠には、土着文化のなかで昔話のように繰り返されながら様式化したため人びとの感情の根本的姿を留めるにいたった「型」も保存があるが、そのキッチュのなかの真実の尻尾のようなものをすくい上げることで、吉川は美術の制度の外にある現実性を暗示する。画布に盛り上がるような絵の具の跡は、刺繍の縫い目を模倣し「自然」の写生という具象表現の幻想を否定する一方で、抽象表現主義の筆跡をパロディ化させる。こうした第二義的なイメージの利用による抽象と具象の慣習の差異は、ポップアートのそれとも似ている。吉川はカリスマ的な文化イコンは用いないが、彼女の作品には、ポップと同様の、イメージの潜在的な象徴力の無意識な呼び戻しが見られる。黒地にグレーで描かれたきのこ雲のアイスクリーム(?)の連作の軽快な漫画的描線が原爆や繁殖する菌などを想起させるとき、それはポップのネガのように物質文化の暗部を示唆するのだ。                                          

 

                                                                                                                                       

 

 

1995 逆説的な花とパイナップル                                                                                                         美術批評家・東京造形大学助教授 篠田達美

 

 今回、展示された大きな絵、3点について。まず、青い地にいくつもの黒い筆跡が周辺から加えられている横長の絵がある。床に敷いたカンヴァスの周辺から画家が筆を加えていったプロセスが、絵の図柄そのものに表れている。黒の筆跡の合間に黄が混じっている周囲の方が、密であるのに対し、中央付近は図柄がまばらだ。はさみの形に開いた黒い筆跡に、赤いハートがはさまれた図柄が、この絵の視覚上のポイントを作っている。

 青はかなりしつこい青で、夜明けの透明な空やサマルカンドの陶片の深青とは異なっている。むしろ反自然の青だ。ウルトラマリンブルーはヴェラスケスの時代には金よりも高価で神聖な顔料だったが、吉川が使うウルトラマリンブルーはイヴ・クラインが使ったもの。だから、19世紀以降によく使われるようになったプルシアン・ブルーとおなじで、新しい青である。吉川は青がもつ純粋さの意味を絵の背景にしながら、ある世俗的な感情を、その背景に対抗させようとしている。黄も赤も、思索的な青に対する、現世的な挑戦となる種類の黄と赤が選ばれている。したがってその絵は純粋な絵という概念に対する挑戦というところがある。そうすることで、逆に絵の純粋さを言及の対象にしようと試みている、といってよい。

 2点めは、黒が全面を覆った絵だ。しかし黒が自ら行為をしている。絵全体が、ある大きな動きをしている。軽いものではなく、重いものをゆっくり動かすときの速度が、筆跡や表面の光、厚みの感触にしぶとく残っている。黒と同調的な濃い緑で花らしきものが描かれている。それらは行為する黒が、たとえば森や嵐といった連想の意味(それによって森や嵐しか絵に見ないようになってしまう)に流れることを防ぐための、わざわざの通俗的な記号である。つまり、通俗性あるいは装飾性が、絵を絵として吟味させる仕組み。

 3点めは、おそらくもっと興味深い、見たこともないような四方形の絵だ。黒地に黄の線が、一筆描きのような、あるいはこみいった地形を伝える地図のような図柄でくり返されている。その地図の上では、等間隔で赤とピンクの丸まった地形が6個ずつ7列に並んでいる。ピンクが花で、赤はパイナップルをパターン化したもの。黄色い模様は、花の周囲のぎざぎざの葉を輪郭づけたものらしい。規則的な反復が、強烈な色彩の対比と、意表をつく線状装飾柄を、絵の意志の行軍といったありさまに見せている。しかし絵の意志は花、パイナップル、葉によって通俗化されている。あるいは物質化されている。ここにも通俗性によて、絵という概念の純粋な抽象性へ言及しようとする逆説的な試みがある。

 視覚的に訴える強度の度合いは、3点とも共通している。つまり絵のしつこさやしぶとさが一定なのだ。絵の内部のそれぞれの要素についても同様で、黒、黄、赤、ピンクは、ある直感によって、量と形体が拮抗しあうように描かれている。だが、なによりも、しつこさやしぶとさが、洗練や繊細といった、女性ならではと思えるような感受性による結果をまとっているところに、それらの絵の特徴がある。

 作家の日常性に基づいている、と解釈できる。その日常性には、反復がある通俗化がある。そして世界のを絵のできごとの強度にしたいという意志に支えられた制作の日常性がある。それらを個人的な感情と取り違えるべきではない。反復によってカオスが顔をのぞかせるという、日常の中にある奇妙な認識の裂け目が、通俗的な反復パターンによる縫合によって、かえって黒い背景の濃さ(カオスの深さ)と、その中にある光を際立たせる。だから、現代の世界認識への至りがたさと同調的な絵である、と感じられる。しかも、その至りがたさゆえに、絵の強度によって、世界に絵(芸術)を存在させることの意義があるのだ、とでもいいたげだ。

 美術史的に見てみるならば、吉川がドイツでの生活が長いという事実と関係があるかもしれないが、表現主義的な特徴がある。それらは70年代後半から80年代前半にかけての新表現主義の絵画によって、世界的に復興され、再評価された系譜でもある。しかし反復パターンに対する彼女の解釈は、60年代以来のミニマリズムの影響が見られる。絵を客体視しようとするミニマリズムの視点と、絵に主観を盛り込もうとする表現主義の勢いが一つの絵の中で交差していることがある。しかし、80年代末から90年代の欧米の造形表現の特徴の一つである、カオス的なものときわめて通俗的な日常性の混交に対して、吉川なりの検討が加えられたふしがある。あえて日本美術の伝統的な平面性や装飾性をもちだすのははばかられるが、外国に暮らしている芸術家にとって、それらが日常の思考と絵画の思考を結び合わせる上での通過儀礼としてあったであろうことが、彼女の絵からわずかに察せられる。しかし、その装飾性、通俗性は、絵画内部の諸要素拮抗と同じで、絵画全体とのバランスの上で危うく成り立つものだ。吉川の絵の醍醐味は、その危うさと、絵画の純粋さへの逆説的な言及にある。

 

                                                                                    

 

                                             

 1984 吉川和江 作品について                                       Dr.Carl Vogel

 西洋文化とアジア的な思考・感覚との狭間で、私は自分自身の芸術としての自己同一性を発展させねばならなかった。そしてそれは、感覚を重視した最近の芸術に対抗して立ち現れてきた現下の動向のなかで行ってきた。

 日本の美学は以下に記す「対立生」から生成している。たとえば、「幾何学的なものと有機的なもの」「秩序と偶然」「個人的自己同一性と自然への結びつき」などの対立概念から生じる緊張感である。完全な非完全性は、もっとも高度な意図として重要なものである。

 私は自分の仕事において、アジアと西洋文化との根源的な感覚を探求しているし、またある程度、それらを包み込むような表現様式と、比較可能な価値性のしるしとしての表現を追求している。

 素材や形体や内容に関して、個の形式への意志や個人的な感覚の任意性の限界領域で絵画を記述している、とも云える。抽象と感情移入のあいだには緊張が起こり、それはまた、内容的であり美学的である。そしてそこから、感覚と思考の内部の開放性が生じる。

 腐敗してはいない感覚のひとつの基盤は、自然や環境に結びついているような個の総体であり、表現である。つまり人間の心理的根源要素に相応して、我々はそういうものを必要とする。

 それはひとつの機能性と理念的存在との対抗において、より以上のものを意味する。理解可能なものや一義的なものが興味深いのではなく、事物の後ろの世界が興味深いのである。

 先進工業国の文化においては、重層性においてその起源性・単純性は捨てられてしまっている。

 感覚的認識の直接性は、精神の自発性に帰着し、瞑想と行動(アクション)は同時に起こる。そのように単純性は世界の向こう側を指し示すことによって、好奇心を目覚めさせ、想像力を発展させることができる。

 私は、ときどき芸術の仕事を規定するような意味の難解性と内容性を遠ざけるために、直接的・具体的な仕事を試みている。そこには構造の表面性を突き抜けて深さが現れるのだが、構造は具体的な現象として画面にとどまるし、それは個自体をひとりでに明示するのである。

 単なる装飾と芸術のあいだにおける限界を、私は装飾的要素の芸術的利用を通して考え、記述することを試みている。型・オーナメント・デコアはそれらの機能と、それを包み込んでいる領域から解き離れて、戯れの動的な想像性の記号として解放される。さらに、私の仕事における複数の形体を繋ぎ合わせた構成は、一義的な思考方向の放棄として了解される。

 空間に関連した私の作品は、逆説として、むしろ自分の作品の側に空間を引き入れる。つまり作品を通して空間が変形されるのである。もし作品が空間的に整理されているとしても、作品は二次元的なものとしてとどまり続ける。感覚はそれ自体ひとりでに認識を変形させる。

 

*このTextはハンブルグ国立美術大学学長 Dr.カール、ホーゲル氏が私の立場に立って書かれた文章です。